数字の1があって、次に2があることで、表現されるのは、運動ではないでしょうか。1だけがあるなら、運動が排除され、絶対的な停止が表現されたことになりますが、物質界では成立しません。必ず1があって次の瞬間には2が生じていると考えるべきです。

1が2になる現象とは、ただ増えるといったのではないと考えられます。変化を表しているのではないでしょうか。1だけがあるのでは変化の実在が証明されていないことになります。ですから、1も強みのある数ですが、2もまたとても強みのある数だと考えられます。3になると、その他諸であると認識してもよいほど、1と2は特別に感じられます。

いや、3もまた特別なのかもしれません。なんとなれば、1がきて、2がくることで、事物の運動を表現します。そして、運動が表現され、3が来るとそれ以降の永続性が表現されたことにならないでしょうか。

また、1が点だとするなら、2は線となり、3がくれば面ができ上がります。そして、4がくることで立体ができあがり、空間を表現したことになります。空間がまずあって、そこに時間が加えられることで、世界は実在することになっていると考えるなら、4の次の5は時間を表現しているのではないでしょうか。

空間がまずあっての時間なのか、それとも時間があっての空間なのか。考えてみるに、どうにも決定打を欠くように感じられます。空間がなければ、何も実在し得ないと考えられます。しかし、時間がなければ、空間もないとも考えられ、であるなら、時間と空間は同時に実存すると考えるべきなのでしょうか。

数で考えていったときに、空間ができ上がるのに必要な数4の次の5があることで時間が生じたとしました。むろん、仮にそう考えてみたわけですが、実際のところどうなのでしょうか。

あるいは、数があること自体が運動を表現し、それ自体が時間であると考えることもできます。1とはそのものではなく、ひとつの

明日につづきます。