クライマックスファンタジー

一週間後の夜。

吐く息が一層に白く見える寒さの中、俺はアパートの帰り途中で、アパートの手前の角で、美幸が待ち伏せていた。

既に八時を過ぎているのに、

海、まだ行ったことなかったね

俺の前に立つ。

俺は、美幸を無視しようとしたけど、美幸が通さない。

春になったらキャンプする約束もしてたよね。あと

必死になって話すが、

美幸!ごめん

美幸の肩に手をかけ、美幸の横を通りすぎて、自分のドアへと向う。

美幸も後から歩いてくる。

ドアのノブを握った時、

やだよ。独りにしないで、裕之

別に大声を上げてないけど、俺を振り向かせるには充分だった。

目頭を赤くして、

さみしーよ

少し間を開け、

独りはイヤだよ。裕之

すぐに泣きそうな顔で、言うた。

暫く立ち止まっていたが、再び背中を美幸に向け、

すまない

それだけで、自分のドアの鍵を出す。

ガチャ。

この音を聞いた時、

裕之!

部屋に入ろうとする俺を美幸が止めた。

振り向いて見る美幸の表情は、嘘のように澄んだ目をしている。

わだかまりのない、すっきりした顔。

その顔は、まさに初めて出会った時に見た表情、そのものだった。

美幸は、ジャケットのポケットから探り出した物は、

両手に一杯になる程の、桜の花弁。

それを空に向けて舞い散らすと、少しだけど、季節外れの桜が宙に舞う。美幸の側から俺の手元にまで。

更に桜に混じって、雪がゆっくり舞い降りている。

桜の咲いた夜にしよー

一瞬だが、ダブらせてしまった。

その中で、美幸は笑っていた。

そして、夜桜が舞い終わる頃、

バイバイ

小さく右手で振って、美幸は帰った。

俺は、美幸がいた場所にまで戻り、花弁を一つだけ持った。

桜色が淡くにじんでいる花弁を持ち、ドアを閉めた。

これで良かったのか

呟いた。

ドアにもたれて座り込み、

本当に良かったのかよ!

ドォン!!

力一杯にドアを叩いた。

振り上げた拳を更に握り、

これでよぉー

どうすれば良かったのか、今も分からないまま。

数日後、美幸は会社まで辞めたと、耳にした。

あー、あー。相当ショックだったらしいよぉー。誰かさん!?

藤井の言葉に一種の罪悪感を感じ、仕事が終わり次第、すぐ美幸のアパートに向った。藤井や同僚の付き合いを抜け出して。

アパートのドアの前に立ち、大きく息を吸って、インターホーンを押した。

ピーンポーン。

暫く待ったが、応答がない。

もう一度、今度は続けて、

ピーンポーン、ピーンポーン。

押し続けたが、やはり出ない。

仕方なく、持っていた合鍵を使って、

入るぞー

ドアを開け、

美幸、いないのかぁー

手前の照明を点灯させた。

次の瞬間、頭が真っ白になった。

言葉も出ない。

俺の立っているところは、既に空になっていた。

カーテンさえなく、外のビルの明かりが見える有様。

な、なんだよ、これ?

隅まで、部屋を歩いた。

けれど、いない。

ん?

俺は、畳の上に置かれている封筒を見付けた。

それを拾い見ると、裏には、

美幸

と、書いており、表には、

裕之さんへ

と、書いてあった。

俺への手紙だ。

俺は、糊付けもされてない手紙の封を開けて、中身を見る。

裕之さん。突然だけど、引っ越すことにしました。黙っててゴメンね。でもね、私は大丈夫だから、心配はしないよーに!貴方が読む頃には、神戸に帰っています。引っ越しが片付いたら、必ず貴方に電話で知らせしますので、それまでに告白済ませてね。約束だぞ!んじゃ、バイバイ

短い手紙だが、俺には充分だった。

更に、

新しい恋人に私の事、自慢して下さい。私もそうします。鈴木美幸よりと、美幸らしい言葉も書いていた。

一月後。

また、慌ただしい朝が始まる。

その途中、バスで藤井と遭遇し、

お前、結局、あっちにも告白しなかったのか!?

いきなり言い出す藤井の言う通り、俺は告白をしなかった。

ああ

返事はそれだけ。

ああって、なんで美幸ちゃんと別れたんだよ、それじゃあ

藤井は、納得がいかない様子だ。

納得がいかないのは、藤井だけでなく、

美幸も、そう言ってた

最近、かかってきた電話で美幸も同じなことを言っていた。

だけど、今だから分かる気がする。

あの、

恋なんてさ、瞬き程度の幻みたいなもんだよ

美幸の言葉が。

そして、次に誰かと恋をするなら、

藤井。恋をするぞ、とびっきりの恋をするぞ

あ?

出会う時も決めてある。

薄い桜色に染まっている桜の莟を見て、

早く桜、咲かねーかなぁー

声を高と張り上げた。